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東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)100号 判決

原告 篠原武文

被告 芝税務署長

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告が昭和六二年三月一三日付けでした、

1  原告の昭和五八年分所得税の更正のうち、総所得金額三四三六万〇四一八円、申告納税額一三八七万二二〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

2  原告の昭和五九年分所得税の更正のうち、総所得金額四五五一万六四九一円、申告納税額二〇四四万〇六〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

3  原告の昭和六〇年分所得税の更正のうち、総所得金額四一三七万七九八五円、申告納税額一七三〇万四七〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定

を取り消す。

第二事案の概要

本件は、不動産賃貸業を営む原告の昭和五八年分、昭和五九年分及び昭和六〇年分(以下、右各年を「係争各年」という。)の各所得税に係る不動産所得の算出に当たって、原告が所有する別紙物件目録記載の各土地(以下、同目録記載の個々の土地を表示する場合には同目録の番号に従い「本件一の土地」のようにいい、一括して表示する場合には「本件各土地」という。)に係る固定資産税及び都市計画税(以下「固定資産税等」という。)の金額が必要経費に算入されるか否かが争われた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  処分の存在及び不服申立て

原告の係争各年分の各所得税について、原告がした確定申告、被告がした更正及び過少申告加算税賦課決定並びに原告がした不服申立て及びこれに対する応答の経緯は別表第一の一ないし三のとおりである。

2  課税根拠

当事者双方が主張する原告の係争各年分の各総所得金額及びその算出経過は別表第二の一ないし三のとおりである(右各表のとおり、算出の基礎となる金額及び算出経過については、本件各土地に係る固定資産税等の金額が不動産所得の必要経費に算入されるか否かの点を除いて争いがない。)。

3  本件各土地の状況

(一) 位置及び形状

本件各土地は、東日本旅客鉄道株式会社八王子駅から北北西に約二・五キロメートルの距離で、国道一六号線と中央自動車道とが交差する地点の南側に所在しており、本件一の土地と本件二の土地とは国道一六号線の東側に、本件三の土地は西側にそれぞれ位置し、また、本件一の土地と本件二の土地とは八王子市所有の同市暁町三丁目六七四番三、宅地、一七〇・二八平方メートルの土地(以下「本件市有地」という。)で隔てられている。

本件一の土地は、北側が中央自動車道に、西側が国道一六号線に、それぞれ急傾斜の松林で接し、南側は本件市有地を隔てて本件二の土地に続き、東側は穏やかな傾斜地となっており、その中央部には平坦地があって、国道一六号線側からの二本の道らしいものと数か所の植木がみられ、散歩道のある小公園といった形状をなしている。本件二の土地は南側に向かった急斜面の山林であり、本件三の土地は国道一六号線に向かった急傾斜の斜面である。

(二) 法的規制等

(1) 本件各土地のうち主要部分を占める本件一の土地及び本件二の土地については、都市計画法四条一二項所定の開発行為を行うに当たって、同法二九条に基づく東京都知事の開発許可を受けなければならない。また、開発許可申請をするに当たっては、八王子市の「宅地開発に伴う指導要項」により、あらかじめ八王子市長と事前協議を行い、これが完了したときに同法三二条に基づく各申請をして、開発行為に係る同意を得なければならない。

(2) 本件各土地は、都市計画法七条一項の市街化区域内にあり、本件一の土地及び本件二の土地は、国道一六号線拡幅計画線から二〇メートルまでは住居地域に、それ以外は第二種住居専用地域に該当し(なお、右各土地はその過半が第二種住居専用地域に属するので、そこに建築物を建築する場合には、全体が右地域にあるものとして建築制限等に関する建築基準法の規定が適用されることとなる。同法九一条。)、本件三の土地は住居地域に該当する。

本件各土地の容積率(建築基準法五二条一項)は二〇〇パーセント、建ぺい率(同法五三条一項)は六〇パーセントである。

4  原告の不動産賃貸業の実態並びに本件各土地の取得及び賃貸状況

(一) 原告は、昭和二六年ころから土地建物の賃貸業を営み、順次賃貸用不動産を購入して事業規模を拡大してきたものであって、係争各年においては、不動産賃貸収入が約八〇〇〇万円を超えるという大規模なものとなっていた。

(二) 本件各土地は、原告が昭和三三年に取得し、以後所有してきたものである。本件各土地については、昭和五四年一〇月二日原告及び原告が事業用資産の経営管理を委託していた葉山不動産株式会社(昭和五六年七月三日に商号を「葉山ビルヂング株式会社」に変更した。以下、旧商号の当時も含めて「葉山ビル」という。)と日林開発株式会社(以下「日林開発」という。)との間に、本件一の土地及び本件二の土地並びに葉山ビル所有の土地二筆を日林開発に賃貸する旨の契約が締結され、手付金一〇〇〇万円の授受がされたが、右契約は、日林開発が右各土地の使用収益を開始する前の同年一一月一日に合意解約されて、手付金も同年一二月一九日に返還された。また、昭和五八年九月二日葉山ビルと財団法人首都圏勤労者住宅協会(以下「住宅協会」という。)との間に、本件一の土地及び本件二の土地並びに葉山ビル所有の土地二筆を、住宅協会に賃貸期間を開発許可の日から六〇年間とする約定で賃貸する旨の契約が締結され、住宅協会から葉山ビルに契約金として二五九三万二〇〇〇円が支払われたが、右契約は開発許可の取得に至らないうちに同年一二月三日合意解約され、右契約金も葉山ビルから住宅協会に返還された。原告が本件各土地を取得した後、係争各年が経過するまでの間に、右二件以外に本件各土地について賃貸借契約が締結されるに至った例はない。

二  争点

1  係争各年とも、本件各土地に係る固定資産税等の金額が原告の不動産所得の必要経費に算入されないこととなる場合には、原告の総所得金額は別表第二の一ないし三の被告主張額欄に記載のとおりとなり、これは本件各更正に係る総所得金額とそれぞれ同額であるから本件各更正は適法なものとなることとなり、本件各更正により新たに納付すべき税額(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数を切り捨てた昭和五八年分及び昭和五九年分各一八七万円、昭和六〇年分一六四万円)に一〇〇分の五の割合を乗じて得た金額(昭和五八年分及び昭和五九年分各九万三五〇〇円、昭和六〇年分八万二〇〇〇円)の過少申告加算税を賦課した本件各賦課決定も適法なものとなる(昭和六二年法律第九六号による改正前の国税通則法六五条一項)。

本件各土地に係る固定資産税等の金額が原告の不動産所得の必要経費に算入されることとなる場合には、係争各年の原告の総所得金額は別表第二の一ないし三の原告主張額欄に記載のとおりとなり、これは原告のした係争各年分の所得税の確定申告に係る総所得金額とそれぞれ同額であるから、本件各更正のうち、総所得金額を右各金額として算出した額を超える部分は違法なものとなることとなり、本件各更正に伴う各賦課決定も違法なものとなる。

そして、所得税法上、不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、「これらの所得の総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るために直接要した費用の額及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額とする」とされている(三七条一項)。本件各土地に係る固定資産税等が係争各年の原告の不動産所得に係る総収入金額を得るために直接要した費用の額に当たらないことは明らかである。したがって、本件の争点は、本件各土地に係る固定資産税等が、係争各年の原告の不動産所得を生ずべき業務について生じた費用に該当するかどうかという点である。

2  右争点に関する被告の主張は次のとおりである。

(一) 不動産賃貸業を営む者が所有する土地に係る固定資産税等が不動産所得を生ずべき業務について生じた費用とされるためには、原則として当該土地が現に貸付の用に供されていることを必要とし、貸付の用に供されていない土地については、当該土地を業務の用に供する意図をもって所有することのみならず、当該土地の形状、種類、性質等を総合的に勘案し、その意図が近い将来において実現されることが客観的に明白である場合に限り、それに係る固定資産税等が不動産所得を生ずべき業務について生じた費用とされるべきである。なぜなら、営利法人の場合であれば、その活動は収益を挙げることを目的とするものであるから、土地を取得したときには、その土地に係る固定資産税等は当然収益に対応する費用として必要経費に算入することができるが、個人の場合には、その活動は必ずしも営利を目的とするものばかりではなく、土地を所有するについても、業務用、家事用、投資用、趣味用等さまざまな用途、目的が考えられるし、また、たとえ、当初は賃貸業務用とする意図で取得した場合であっても、賃貸先が見つからなければ、他の用途に変更したり、売却したりすることもあり得るところ、このような意図は主観的なものであって、それがどのようなものであるかを外部から判別することは困難であるから、所有者の意図のみに基づいて当該不動産に係る固定資産税等が不動産所得を生ずべき業務について生じた費用に当たるか否かを判定するとすれば、判定が恣意的なものとならざるを得ず、租税負担の公平の見地から到底容認し難い結果となるからである。

(二)(1) 前記一(当事者間に争いのない事実)の4の(二)のとおり、原告が本件土地を取得した昭和三三年から係争各年の最終日である昭和六〇年一二月末日までの間に本件各土地が実質的に他に貸し付けられたことは一度もなかった。

(2) 前記一の3のとおり、本件各土地は、国道一六号線及び本件市有地によって三区画に分割されており、一体として利用できる状況ではないのみならず、本件一の土地中に多少の平坦地があるものの、これを除いてはいずれも急傾斜地であって、現況では小公園程度の利用方法しかない。本件各土地について採算のとれる貸付を行うためには、土地の整地(開発行為)又はこれに加えて建築物の建築等が必要であるところ、昭和六〇年一二月末日までに、本件各土地について開発許可申請はされておらず、また、右申請に先立って行うべき八王子市長との事前協議の申請書の提出さえも行われていなかった。

(3) 前記一の3のとおり、本件各土地は建物の容積率及び建ぺい率に制限があり、また、本件各土地の大部分を占める本件一の土地及び本件二の土地は、第二種住居専用地域としての建築規制を受け、建築可能な建物及び用途も限られている(建築基準法四八条二項)。さらに、本件各土地は、小高い丘あるいはその中腹になっているため、建物の建築には、丘を削って造成をする必要があり、その際には、排水等、周囲の環境に対する配慮も必要であって、そのための費用も膨大なものになると考えられる。このような状況から、本件各土地は、資金を投下して開発をしても採算を得ることが極めて困難であり、係争各年当時、近い将来において他に賃貸される可能性はほとんどなかった。

(4) 以上によれば、本件各土地は、未だ貸付の用に供されたことがなく、また、現況では採算のとれる貸付ができる見込みが極めて薄いのに、本件各土地及び建築物を一体として活用する場合に不可欠である開発許可が形式的にも実質的にも取得されていないから、仮に、原告が、本件各土地を不動産賃貸業務の用に供する資産として所有しているとの主観的な意図を有していたとしても、実態は不動産賃貸業務の用に供する資産に転化させるための一連の準備行為が行われていたにとどまり、未だ、その意図が近い将来において実現されることが客観的に明白であるという段階には至ってない。

したがって、本件各土地に係る固定資産税等が係争各年の原告の不動産所得を生ずべき業務について生じた費用に該当するものと認めることはできない。

3  右争点に関する原告の主張は次のとおりである。

(一) 昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法においては、不動産所得に係る必要経費については費用収益対応の原則がとられていたが、その運用においては、企業ないし一体の事業として経営されている不動産賃貸業の必要経費については、経費が収入に対応しているかどうかは当該企業に属する総収入金額と総経費とを一体として判定されるべきものであり、事業に属する一部の遊休設備に要する管理費、減価償却費等も必要経費となるものとされ、事業として営まれている不動産賃貸業に係る不動産所得と事業所得との間に不公平のないよう取り扱われていた。そして、そのような運用は、右改正後の所得税法に取り込まれて現行の同法三七条一項に継承されたのであるから、同項の解釈は右改正前の運用を踏まえて行う必要があり(現に、所得税基本通達二―一六は、不動産所得等を生ずべき業務の用に供される資産について、現に稼働していない場合であっても、これらの業務の用に供するために維持補修が行われており、いつでも稼働し得る状態にある場合には減価償却資産に該当するものとし、また、同通達三七―二七は、業務用資産取得のための借入金利息につき、未だ当該資産が総収入金額を生じていない場合であっても、経費に算入することを認めている。)、現に稼働していない土地であっても、これが不動産賃貸業の事業に属する資産であれば、当該土地に課される固定資産税等は必要経費とされるべきであって、このことは、同通達三七―五が、それに係る固定資産税等が必要経費に算入されるべき資産について、「業務の用に供される資産」とし、「業務の用に供されている資産」としていないことからも明らかである。

したがって、不動産賃貸業を営む者の所有する土地に課される固定資産税等を不動産所得に係る必要経費に算入し得るか否かは、当該不動産賃貸業が事業といい得る規模で経営されているものであるかどうか、及び、当該土地がその事業に組み込まれて事業の用に供する目的のものとされているかどうかによって、決せられるべきものである。

(二)(1) 前記一(当事者間に争いのない事実)の4の(一)のとおり、原告の営む不動産賃貸業は、係争各年において不動産賃貸収入が約八〇〇〇万円を超えるという大規模なものであり、また、原告は、昭和五三年一月四日以降、本件各土地を含む所有不動産の管理運用を葉山ビルに委託してその費用を支払っているのであるから、その規模及び経営の実態からして、原告は、その不動産賃貸業を事業として営んでいるものといえる。

(2) 原告は、本件各土地を賃貸の用に供すべく、その取得後係争各年までの間、以下のとおり、事業化を推進してきたものであるから、係争各年において、本件各土地が原告の営む不動産賃貸事業に組み込まれ、右事業の用に供する目的のものとされていたことは明らかである。

ア 原告は、昭和三三年に本件各土地を取得した後、本件各土地の立地条件、地形等を考慮して庭園を利用した施設等の用途に供する方針を立て、昭和三四年から昭和三五年にかけて、本件各土地上の雑木を伐採して開墾した上、芝を植えたり、松、楓、柘植、躑躅、桜等の立木を植えて、その育成に努めた。

イ 昭和四〇年ころ、株式会社松村組から、原告が本件各土地上にモーテルを建設して経営する計画を提案されたが、モーテル経営には自信がもてず、断念した。

ウ 昭和四三年に三井物産株式会社の提案により、原告が本件各土地上に二〇〇レーンのボウリング場、ガソリンスタンド、ドライブイン等を建設経営する計画に取りかかったが、その当時としては計画が大規模に過ぎ、実現に至らなかった。

エ 昭和五三年に原告が本件各土地上に総合病院を建設し、これを医療法人光陽会に賃貸する計画が立案され、右計画はさらに、原告が大成建設株式会社との間で本件各土地と同社所有の横浜市新横浜三丁目の土地(約九〇〇〇平方メートル)とを交換して、同社が本件各土地上に病院を建設して同医療法人に賃貸する計画に発展したが、同医療法人の経営破綻により頓挫した。

オ 昭和五四年に生け花の草月会が本件各土地を賃借し、草月会八王子会館を建設する計画が立案されたが、草月会を主宰する勅使河原蒼風の死亡等により実現に至らなかった。

カ 同年九月財団法人日本文化事業協会から、同財団法人が本件各土地を賃借し、学生文化会館を建設する計画が提案されたが、原告が同財団法人の理事に就任して借入金の連帯保証をして欲しいとの要求を断ったため、実現に至らなかった。

キ 同年一〇月、日林開発が本件各土地を賃借し、学生寮を建設する計画が立案され、前記一(当事者間に争いのない事実)の4の(二)のとおり、日林開発との間に賃貸借契約が締結されたが、日林開発が日本住宅公団から建築資金を借り入れるために必要な有力な連帯保証人が確保できず、右賃貸借契約は解約された。

ク 昭和五五年に茶道裏千家を主宰する塩月弥栄子が本件各土地を賃借し、学生寮を併設した女子専門学校を建設する計画が立案されたが、裏千家側の都合により右計画は不調に終わった。

ケ 同年、原告が本件各土地に建物を建て、教養講座及びスポーツ施設を併設した独身寮として株式会社NHK文化センターに賃貸する計画が立案されたが、不調に終わった。

コ 同年二月から昭和六〇年三月までの間に、原告が、八芳園及び雅叙園観光に対し本件各土地を結婚式場又は宴会場として、また、ダイエー、忠実屋及び小田急不動産に対し本件各土地を研修所又は物流基地としてそれぞれ使用することを働きかけたが、成約には至らなかった。

サ 昭和五六年に原告が本件各土地に学生寮並びに関連施設としてテニスコート及び駐車場等を建設し、これを八王子学園友の会が賃借し、運営する計画が検討されたが実現しなかった。

シ 同年、日本新土地開発株式会社が本件各土地を賃貸し、分譲マンションを建設する計画が立案されたが、不調に終わった。

ス 同年、平安閣、池ノ端文化センター及び玉姫殿から、それぞれ結婚式場を建設するために、本件各土地のうちの約二〇〇〇坪について賃借の申入れがされたが、原告が本件各土地の分割に応じなかったため、不調に終わった。

セ 同年七月、原告が第一ホテルに対し、本件各土地を賃借してホテルを建設することを提言したが、不調に終わった。

ソ 昭和五八年九月二日、住宅協会が本件各土地上にホテル・独身者住宅等を建設する計画の下に、前記一(当事者間に争いのない事実)の4の(二)のとおり、住宅協会が本件各土地を賃借する契約が締結されたが、同年一一月一九日に住宅協会の申入れにより合意解約された。

タ 昭和五九年五月、竹中工務店株式会社から、本件各土地にコンピューターの研究所、研修所及び宿泊施設としてビルを建設する計画の提案があり、原告は、進出企業を募集した。

チ 昭和六〇年六月、東急不動産株式会社の仲介により、結婚式場及び家具販売店が提携して、本件各土地に一旦仮店舗を出店し、数年後にビルを建築して入居するとの計画の提案があり、検討がされた。

(三)(1) 被告は、本件各土地が実質的に他に貸し付けられたことはなかったと主張するが、前記一(当事者間に争いのない事実)の4の(二)のとおり、結果的には解約に至ったものの、原告が本件土地を取得してから係争各年までの間に賃貸借契約が締結された例があり、本件各土地が他に貸し付けられたことがないとはいえない。なお、住宅協会との賃貸借契約締結時に住宅協会から受領した契約金二五九三万二〇〇〇円は、住宅協会が公共的事業を行う組織であったので、右合意解約に伴って好意的に返還したものである。右返還までの間、右契約金は原告から葉山ビルに預託されて同社の運転資金とされ、同社に経済的利益を供与したが、それに伴って、原告と葉山ビルとの関係においては、原告が葉山ビルに支払うべき管理料を低額に抑えたので、原告も右契約金の運用益から派生する経済的利益を享受した関係にある。

(2) 被告は、本件各土地が国道一六号線及び本件市有地によって三区画に分割されており、一体として利用できる状況ではないと主張する。しかし、本件一の土地と本件二の土地との間の本件市有地は、幅員約一・八メートルの旧道路敷地で、原告が本件各土地を取得する以前から事実上廃道となり、本件一の土地及び本件二の土地と一体をなしていたので、原告は、昭和四八年五月に本件市有地につき、八王子市に対して払下げ申請をして内諾を得ていたが、いずれ本件各土地について開発行為を行う際に八王子市に提供する公共用地の代替地として無償取得し得ることが予想され、また、本件一の土地と本件二の土地とに挟まれていて第三者に払い下げられることはないとの八王子市の指導もあったので、払下げを受けることを留保していたという経緯があり、実際にもその後の平成元年三月二七日に原告が払下げを受けているから、本件一の土地及び本件二の土地は、本件市有地を含んで実質的に一団の土地といえるものである。また、本件三の土地は、本件一の土地及び本件二の土地の付帯設備用地として利用することが可能である。したがって、本件各土地が一体として利用できる状況ではないということは誤りである。

(3) 被告は、本件各土地につき開発許可申請がされておらず、八王子市長との事前協議の申請書の提出さえも行われていなかったと主張するが、八王子市における土地の開発許可手続においては、実務上、開発許可申請の前段階である事前協議の申請以前に、行政当局と数次に亘り協議をし、指導を受けて、具体的な利用計画が定まり、開発行為に関する法令及び行政上の規制に完全に適合した時点で初めて、形式的に事前協議の申請書の提出がされるのであり、したがって、右申請書の提出がなかったからといって、本件各土地の具体的な利用が近い将来に実現する見込みがないとすることはできない。

第三争点に対する判断

一  不動産所得とは、不動産、不動産の上に存する権利、船舶又は航空機の貸付による所得をいい(所得税法二六条一項。なお、これらの物の貸付を事業として行っている場合にも、その事業から生ずる所得は事業所得とはならない。同法二七条一項、所得税法施行令六三条)、その額は、その年中の不動産所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額である(同法二六条二項)。そして、前記第二(事案の概要)の二(争点)の1のとおり、その年分の不動産所得の金額の計算上必要経費に算入すべき金額には、不動産所得の総収入金額を得るために直接要した費用の額(個別対応の費用)の外、その年における不動産所得を生ずべき業務について生じた費用の額(期間対応の費用)も含まれることとされている。しかし、不動産賃貸業を営む者の所有する土地であるからといって、当該年において現に貸付の用に供されていなかったものについては、その固定資産税等が、当然にその年における不動産所得を生ずべき業務について生じた費用の額とされるものではない。そのように認められるためには、不動産賃貸業を営む者がその主観としては、当該土地を貸付の用に供する意図を持っているというだけでは足りず、当該土地が、その形状、種類、性質その他の状況に照らして、近い将来において確実に貸付の用に供されるものと判定できるような客観的な状態にあることを必要とするものと解される。なぜなら、土地には種々の利用方法があり、不動産所得以外の所得の基因ともなり得るし、また、家事用としての利用方法もあり、かつ、その利用方法を変更することも可能である。したがって、現に貸付の用に供されていない土地については、これが、不動産所得以外の所得の基因となるような利用方法や家事用としての利用方法ではなく、貸付の用に供されるものであることが外部から識別できるような状態である場合に、初めて、当該土地に係る固定資産税等を不動産所得を生ずべき業務について生じた費用の額と判定することができるからである。

なお、原告は、企業ないし一体の事業といい得る規模で営まれている不動産賃貸業においては、現に稼働していない土地であっても、これが右不動産賃貸業の事業に組み込まれ、その事業の用に供する目的のものとされている場合には、当該土地に課される固定資産税等は必要経費とされるべきである旨主張する。しかし、右主張において「当該土地が不動産賃貸業の事業に組み込まれ、その事業の用に供する目的のものとされている」とする趣旨が、当該土地が、その状況等に照らして近い将来において確実に貸付の用に供されるものと判定できるような客観的な状態になっていることまでは必要とせず、不動産賃貸業を営む者において、これを貸付の用に供する意図を持てば足りるか、あるいはその意図を実現するための準備行為に取り掛かっている程度で足りるとするものかであれば、右に述べたことに照らしてその主張自体において失当というほかはない(なお、所得税法上、不動産賃貸業が事業として営まれているか否かによって、必要経費とされる費用の範囲を異にすると解すべき根拠は見当たらないから、不動産賃貸業が、企業ないし一体の事業といい得る規模で営まれている場合であっても、このことは同様である。また、原告の指摘する所得税基本通達も、右のように解することの妨げとなるものではない。)

二  ところで、前記第二(事案の概要)の一(当事者間に争いのない事実)の4の(二)によれば、係争各年当時、本件各土地については、昭和五八年九月二日葉山ビルと住宅協会との間に、本件一の土地及び本件二の土地並びに葉山ビル所有の土地二筆を、住宅協会に賃貸期間を開発許可の日から六〇年間とする約定で賃貸する旨の契約が締結され、住宅協会から葉山ビルに契約金として二五九三万二〇〇〇円が支払われたが、開発許可の取得に至らないうちに同年一二月三日合意解約され、右契約金が葉山ビルから住宅協会に返還されたことがあった外は、賃貸借契約が締結された例はなかったものである。

そして、右の葉山ビルと住宅協会との間の賃貸借契約にしても(なお、甲第三二号証の二によれば、右賃貸借契約に係る契約書には、本件一の土地及び本件二の土地の賃貸に関し、葉山ビルが原告のためにこれをする旨が明示されていないことが認められるが、右証拠、甲第三五号証の一、第四九号証の二、原告本人によれば、原告は、昭和五三年一月四日に葉山ビルとの間で、本件各土地を含む所有不動産につき経営管理委託契約を締結し、その賃貸借等に係る契約締結事務等を委任していたこと、右賃貸借契約締結当時、原告が葉山ビルの代表取締役を努めていたこと、葉山ビルは右賃貸借契約締結と同日付けで、原告のためにする旨を表示した土地使用承諾書を住宅協会に差し入れていることが認められ、右事実によれば、原告は葉山ビルに右賃貸借契約締結の代理権を授与しており、かつ、葉山ビルは右賃貸借契約の締結に当たり、口頭で、若しくは黙示的に原告のためにすることを示したか、又は少なくとも住宅協会において葉山ビルが原告のためにすることを知っていたものと認められる。)、賃貸期間が開始する前に解約され、結局、住宅協会は本件一の土地及び本件二の土地を使用収益せず、また、原告に右各土地の賃貸による賃料収入も生じなかったのであるから、右賃貸借契約の締結により本件一の土地及び本件二の土地が現に貸付の用に供されたとすることはできない。

そうすると、本件各土地は、係争各年において、現に貸付の用に供されていなかったものというべきである。

三  前記第二(事案の概要)の一(当事者間に争いのない事実)の3の(一)及び(二)の各事実、証人小林重己、原告本人並びに弁論の全趣旨を総合すれば、本件各土地を貸付の用に供するとした場合、通常考えられるその利用方法は、本件各土地の賃借人がその上に堅固な建物又はその他の恒久的な施設を建設し、何らかの事業の用に供するか、又は、原告において本件各土地上に右のような建物若しくは施設を建設して賃貸し、賃借人はこれを何らかの事業の用に供するかという形態であること、本件各土地に右のような建物又は施設を建設するに当たっては、土地の造成及び給排水設備の設置等の工事を要し(ただし、甲第一ないし一三号証、第二七、二八号証、第四〇号証の一ないし三、証人小林重己、原告本人及び弁論の全趣旨によれば、昭和五四年から昭和五五年にかけて本件一の土地及び本件二の土地に給水設備を設置する工事がなされ、係争各年において右各土地には既に給水設備が存在していたこと、昭和五四年ないし昭和五五年ころ、本件一の土地及び本件二の土地に排水設備を設置するための工事が行われたが、障害物があって完成に至らず、その後も係争各年に至るまで本件各土地に排水設備は設置されていなかったこと、が認められる。)、また、本件一の土地及び本件二の土地については、八王子市長との事前協議を経て、同市長の開発行為に係る同意を得た上、東京都知事の開発許可を受けなければならず、さらに、建設する建物又は施設の種類、規模によっては、現行の用途地域、容積率及び建ぺい率等の建築規制の変更緩和を必要とすることが認められる。そうだとすると、本件各土地について、近い将来において確実に貸付の用に供されるものと判定できるような客観的な状態に至っているというためには、本件各土地の利用方法が定まり、その実現のために必要な土地の造成や排水設備等の設置に関する工事の計画が立てられ、その利用方法に適合した開発許可に関する手続が進行してこれを受けられる見込みが立ち、また、建築規制の変更緩和が必要な場合においては、関係当局との協議の上、変更緩和がされる見込みが十分にあるといえる段階にまで至っていることを必要とするものと解される。

四1  甲第四九号証の四ないし七及び原告本人によれば、住宅協会は、昭和五八年九月二日に本件一の土地及び本件二の土地につき賃貸借契約を締結した後、同月一〇日及び同月二〇日に八王子市の担当者と打合わせをし、その際、市側から右各土地の利用方法に関する申入れや排水設備の設置計画及び建物その他の施設の建設計画の立案に当たっての指導などを受けていることが認められ、右事実によれば、右の時点では右各土地の利用方法は未だ定まったとはいえない段階であったことが推認されるところ、その後同年一二月三日には右賃貸借契約自体が解約されてしまったことを併せ考えると、右解約に至るまでに、住宅協会が右各土地を利用する方法が定まり、その実現のために必要な土地の造成や排水設備の設置等に関する工事の計画が立てられ、その利用方法に適合した開発許可に関する手続が進行してこれを受けられる見込みが立つまでには至らなかったものと推認される(なお、甲第四九号証の八は、その内容からみて、開発許可申請書の添付書類等を記載した単なるメモであることが明らかであるから、右認定の妨げになるものではない。)。

2  甲第六九、七〇号証、第九一ないし九三号証及び弁論の全趣旨によれば、係争各年当時、本件各土地につき、右1の賃貸借契約の締結及び解約があった外、(一)昭和五九年五月、竹中工務店株式会社から、本件各土地にコンピューターの研究所、研修所及び宿泊施設として一二階建ビル四棟又は五六階建超高層ビル一棟を建設する計画の提案があり、原告は、進出企業の募集などをしたが、右の計画は具体化する前に不調に終わったこと、(二)昭和六〇年六月、東急不動産株式会社の仲介により、結婚式場及び家具販売店が提携して、本件各土地に一旦仮店舗を出店し、数年後にビルを建築して入居するとの計画の提案があったが、係争各年が経過するまでの間に、計画が具体化するには至らなかったこと、を認めることができる。

3  そうすると、結局、係争各年当時、本件各土地は近い将来において確実に貸付の用に供されるものと判定できるような客観的な状態にはなかったものと認められる。したがって、本件各土地に係る固定資産税等が、係争各年の原告の不動産所得を生ずべき業務について生じた費用の額に当たるとすることはできない。

第四結論

よって、原告の本件請求は失当である。

(裁判官 中込秀樹 石原直樹 長屋文裕)

物件目録〈省略〉

別表第一の一

課税処分の経緯(昭和58年分)

区分

年月日

(昭和)

総所得金額

(円)

申告納税額

(円)

過少申告加算税額

(円)

確定申告

59.3.10

34,360,418

13,872,200

更正

62.3.13

37,491,158

15,750,800

93,500

異議申立て

62.5.8

34,360,418

13,872,200

異議決定

62.8.6

棄却

審査請求

62.9.4

34,360,418

13,872,200

審査裁決

63.5.30

棄却

別表第一の二

課税処分の経緯(昭和59年分)

区分

年月日

(昭和)

総所得金額

(円)

申告納税額

(円)

過少申告加算税額

(円)

確定申告

60.3.8

45,516,491

20,440,600

更正

62.3.13

48,647,231

22,319,200

93,500

異議申立て

62.5.8

45,516,491

20,440,600

異議決定

62.8.6

棄却

審査請求

62.9.4

45,516,491

20,440,600

審査裁決

63.5.30

棄却

別表第一の三

課税処分の経緯(昭和60年分)

区分

年月日

(昭和)

総所得金額

(円)

申告納税額

(円)

過少申告加算税額

(円)

確定申告

61.3.12

41,377,985

17,304,700

更正

62.3.13

44,117,985

18,948,700

82,000

異議申立て

62.5.8

41,377,985

17,304,700

異議決定

62.8.6

棄却

審査請求

62.9.4

41,377,985

17,304,700

審査裁決

63.5.30

棄却

別表第二の一

総所得金額の内訳(昭和58年分)

(単位:円)

項目

被告主張額

原告主張額

1 不動産所得

(一) 総収入金額

78,759,757

78,759,757

(二) 必要経費

(1) 租税公課

〈1〉 本件各土地の固定資産税等

3,130,740

〈2〉 その他の租税公課

5,439,847

5,439,847

合計

5,439,847

8,570,587

(2) その他の必要経費

41,938,667

41,938,667

必要経費合計

47,378,514

50,509,254

(三) 青色申告控除額

100,000

100,000

(四) 不動産所得の金額

31,281,243

28,150,503

2 給与所得の金額

6,292,128

6,292,128

3 総合短期譲渡所得の金額

-82,213

-82,213

4 総所得金額

37,491,158

34,360,418

別表第二の二

総所得金額の内訳(昭和59年分)

(単位:円)

項目

被告主張額

原告主張額

1 不動産所得

(一) 総収入金額

92,461,151

92,461,151

(二) 必要経費

(1) 租税公課

〈1〉 本件各土地の固定資産税等

3,130,740

〈2〉 その他の租税公課

5,437,028

5,437,028

合計

5,437,028

8,567,768

(2) その他の必要経費

45,550,266

45,550,266

必要経費合計

50,987,294

54,118,034

(三) 青色申告控除額

100,000

100,000

(四) 不動産所得の金額

41,373,857

38,243,117

2 給与所得の金額

7,273,374

7,273,374

3 総所得金額

48,647,231

45,516,491

別表第二の三

総所得金額の内訳(昭和60年分)

(単位:円)

項目

被告主張額

原告主張額

1 不動産所得

(一) 総収入金額

83,348,700

83,348,700

(二) 必要経費

(1) 租税公課

〈1〉 本件各土地の固定資産税等

2,740,000

〈2〉 その他の租税公課

6,201,728

6,201,728

合計

6,201,728

8,941,728

(2) その他の必要経費

43,285,746

43,285,746

必要経費合計

49,487,474

52,227,474

(三) 青色申告控除額

100,000

100,000

(四) 所得金額

33,761,226

31,021,226

2 給与所得の金額

9,148,295

9,148,295

3 雑所得の金額

875,000

875,000

4 一時所得の金額の2分の1に相当する金額

(所得税法22条2項2号)

333,464

333,464

5 総所得金額

44,117,985

41,377,985

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